あるはみ出し者(ジョーカー)達の日常verソウサク 5-1話

「アンタ達はどうするの? 隣に男子トイレもあるけど?」

トイレの前に着き、七瀬愛梨は高槻晶と江藤敬吾に視線を向けて問い掛けた。

「俺は待ってるよ。江藤はどうすんの?」

「俺も待ってる。つうか、別に行きたくねえし。さっさと行け」

面倒くさいとばかりに、しっしっと手を振る江藤敬吾。
そんな江藤敬吾に萎縮したように、宮月美弥はびくっと小さく身体を震わせた。

「宮月。いちいちそんなに脅えなくていいから。そんな生き方、疲れるだけだよ。……はぁ。もういいわ。私も行くから、男子二人はそこで待ってて」

「覗かないでよ?」と、冗談交じりに釘を刺して七瀬愛梨は宮月美弥と二人、トイレに入った。
トイレの中は長方形の小窓しかなく、月は反対側に出ているのか、月の光すら差し込まなかった。
ただ、暗鬱とした蒼い闇がわだかまっている。
透明で、静謐な音のない蒼い暗闇が薄っすらとトイレ全体を覆っていた。
……なんとなく、目を落とす。
暗闇の中で、自分の手の甲がいやにハッキリと白く浮かび上がっていた。

「じゃあ私、入るね……?」

宮月美弥の声に、七瀬愛梨の意識が現実に引き戻されて、はっと目が覚めたように顔を上げた。

「え、えぇ……。私は、少しメイクを直すわ」

そう言って、七瀬愛梨はスマホの明かりを点けた。
トイレの明かりを点けるわけにはいかない。
警備員に見つかる可能性が飛躍的に増すし、流石にそれは無用心すぎだ。
宮月美弥もそれを解っているのか、小さく頷いて個室へ入った。
七瀬愛梨はそれを黙って見送り、洗面台の鏡へ向き合う。
酷く疲れたような、憔悴した面持ちが映った。
……無理もない。
時間も時間だし、今日は予想外のでき事が起こりすぎた。
化粧道具は最低限しか持っていなかったので、軽くメイクを直して唇の傷を確認する。
幸いと言っていいのか、正面からではほとんど見えない位置にその傷はあった。
七瀬愛梨はほっと安堵して、スマホの明かりを落とし、鏡から目をそらす。
扉を一枚挟んだトイレの外では、江藤敬吾と高槻晶の談笑する声が、小さく漏れ聞こえてきた。
もう少し声を抑えて、と注意したくなったが、その二人の声に「日常」を感じて、安心している自分がいた。
注意する気が失せたのも手伝い「短い時間だから大丈夫」と自分に言い聞かせて洗面台に背中を預け、もたれるような体勢を取った。
なんとなく、宮月美弥が入った個室へ目を向ける。
微かな音が静寂を乱すだけで、何も動きはない。
当たり前と知りつつも、黒い不安が小さく過ぎった。
…………ふと。
トイレに満ちる、重苦しい暗闇が襲って来るような妄想に囚われて――その妄想に耐え切れず、スマホの電源を再び点けた。
ぼうっ、と人工的な白い光がトイレに満ちる暗闇を照らし出した。
別に、異常は何もない。
トイレの闇に何かが潜んでもいないし、襲ってくるような不穏な気配もない。
当たり前だ。
そう頭で解っていても、どうしてだか不安が拭えなかった。
――……ふと。
カサリ、と衣擦れのような音が小さく聞こえた気がした。
七瀬愛梨はスマホを明かりの代わりにして周囲を照らし、闇の奥を伺うようにそっと耳を凝らす。
ただ、宮月美弥の入ったトイレから微かな音がするのと、外で高槻晶と江藤敬吾の話し声が聞こえるだけだった。
後は、夜の闇がわだかまったように暗くて、何も見えないし聞こえなかった。
ほんの少し不気味に思うも、外から聞こえる男子二人の明るい声が恐怖を薄れさせた。
七瀬愛梨は気のせいだと胸を撫で下ろして、スマホへ向き直る。
今日ダウンロードした新曲を確認して、ラインやメールの確認もしようとして――七瀬愛梨はある異常に気付いて、薄く眉をひそめた。
スマホの電波が立っておらず、圏外となっていた。

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