あるはみ出し者(ジョーカー)達の日常verソウサク 9-4話

「僕は神城柚季だよ」

 にっこり、と無邪気な笑顔で微笑む柚季。
 見慣れた筈の顔が浮かべる笑顔が、それでも全く異質のモノのように感じて――ぞっ、と総毛立った。
 こんな種類の笑顔は、これまでの人生で一度も見た事がなかった。
 それほど異質に感じる笑顔だった。
 綺麗に綺麗に澄み切った、いっそ透明のようなその笑顔。
 綺麗に澄み切りすぎて……だから一切の不純物や栄養もなく、微生物すら住めなくなった、死んだ湖すら彷彿とさせる、そんな笑顔だった。
 まるで、毒のような澄み切った――異常な笑顔。
 非人間的な、感情の感じられない、いっそ昆虫が浮かべたような笑顔だった。
 ……見ていて不自然という意味では、確かに、これに近い笑顔を柚季が浮かべる事はある。
 だがそれは、マジ切れ一歩手前の笑顔で、内に激しく渦巻く烈火のごとき激情をどうにか抑えようとして、壊れた笑顔になるだけ――だから、その笑顔に気圧される事も多々ある。
 だが、コレは違う。
 こんな感情の篭っていない空っぽの笑顔を、柚季は浮かべない。

「僕は神城柚季だよ」

「ち、違う」

 知らず、声が震えた。

「お前は、違う」

 俺は場に満ちる緊張感を破るように小さく、しかし力強く否定した――瞬間、柚季の顔をした「ナニカ」の右手首が、またしても、どろりと歪んだ。

「僕は、神城柚季だよ」

 壊れたテープレコーダーのように、同じ言葉を何度も何度も繰り返す、柚季の顔をした「ナニカ」。

「……笑わせるな。お前は神城柚季じゃ、絶対に有り得ねえ」

 目の前の、親友の振りをした偽者の雰囲気に呑まれないよう、一歩前に出て不敵に笑んでみせる。

「じゃあ、僕は誰なのかな、悠? 僕が神城柚季じゃないと言うのなら、僕はなんなのかな? ――ねぇ、答えてよ」

 透徹とした笑顔で俺に視線を向けて足を踏み出す、柚季の顔をした「ナニカ」。
 俺の顔が引き攣ったように歪み、背中を伝う薄ら寒い汗が止まらなかった。
 だが、それでも力強く叫ぶ。
 否定する。
 コイツの言動が、行動が――俺の親友の神城柚季を侮辱されたようで、たまらなく不愉快だった。
 ――怒りが、恐怖を凌駕する。

「お前は、柚季じゃねぇッ! 柚季はなぁ、滅茶苦茶仲間思いなんだよッ! 呪いの儀式、万年筆の一件、いきなり散り散りになった俺達、繋がらないスマホ――こんな異常な状況下で、超直情型の柚季が葵や燈花を心配して探す事より、心配もせず、ただ外に出るのを優先するだけなんざ、天地が引っ繰り返っても有り得ねぇんだよッ! それに柚季はそんな空っぽの笑顔なんて浮かべねぇッ! バカにすんのも大概にしやがれッ!」

 血を吐くような、いっそ怒り狂った俺の咆哮に、柚季の顔をした「ナニカ」の全身が、硫酸の雨でも浴びたように、顔が、制服が、髪が、全身が、全てが一瞬にして溶けるように崩れ去り――さぁぁと砂嵐のように崩れていった。
 俺はその様子を見て、凍りついたような形相で、目の前の現象に驚愕を覚えたまま固まっていた。

 脳裏を過ぎるは『鏡の怪談』。

 夜中の学校の鏡は鏡面世界へ繋がっている。
 鏡面世界に映る自分は、現実世界に出てきたくて、一人でいると鏡に映る自分を鏡の中へと引きずり込み、入れ替わってしまう。
 鏡に囚われた人間を救うには、入れ替わった人間の正体を暴かなければならない。
 それで偽物は消え去り、本人は鏡から解放される。

「……おいおい。マジ、かよ」

 誰にともなく呟いた俺の声は、廊下に小さく反響して、わだかまる闇へ溶けるように消えていった。

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