あるはみ出し者(ジョーカー)達の日常verソウサク 11-1話

「此処は……。何処、なのかしら……?」

 私は、軽い目眩と吐き気を覚えながら、硬い床の上で目を覚ました。
 ……目覚めは最悪だった。
 まだぼんやりしている頭を軽く振って、脳を意識的に覚醒させる。
 直前の記憶が、一階の階段途中でぷっつり途切れているのを思い出し、私は何が起きたのか現状を認識しようと周囲を見回した。
 つん、と鼻を突くような消毒薬独特の刺激臭。
 そして、体重計やベッド、机に薬品棚などが視界へ映る。

「保健、室……?」

 思わず口を突いて呟き――私は、嫌な予感に怖気だった。
 闇がカタチを持ったかのように、ドロリと粘りつく悪意の気配。
 ――いる。
 見られて…………いえ。
 これは観察されて、いる。
 空気を介して、肌に突き刺さるような一対の視線。
 それを認めると、背後の暗い気配が、闇から漏れ出すように粛々とその気配を強めた。
 隠す素振りすらなく背後の気配は、ただじっと私を見ている。
 背中を伝う、冷たい汗。

「誰、かしら?」

 私は搾り出すように声を掛けた。

「おいおい、保健室に来ておいて誰だはないだろう? 保険医に決まっているじゃないか」

 ドロリ、とわだかまる闇が輪郭を宿したかのように答えた。
 ……待てよ?
 この状況が『異次元へ繋がる階段』の結果だとしたら?

 深夜に本校舎の一階の階段を下りる時は注意しなくてはならない。
 その階段は気まぐれに意地悪をして、下りる生徒達を異次元に飛ばしてしまう事があるからだ。

 内容も、一応は一致している。
 だとしたら、保健室は危険だ。

『心を殺す保健室』

 二十年以上昔、ある若い保険医が勤めていた頃、この高校は自殺者が異常なほど増えていた。
 その時期は、その保険医がセラピーと称して生徒達の悩みを聞き始めたのが発端だった。
 保険医は、若くて美しく、また話を聞くのが上手な好青年で、昼休みや放課後はセラピーに訪れる生徒達で賑わっていた。
 だが、この保険医には二面性があった。
 表で生徒達の悩みを真摯に聞く高潔さを演出して、その裏では個別に相談した生徒のトラウマを毒のように突いて、自殺まで追い込み、その様子を愉しんでいた。
 その保険医は二面性が表沙汰になる前に、学校からふらりと姿を消してしまったらしい。
 だが、深夜に保健室に迷い込むとその保険医が現れて、気付かぬうちに心を殺されてしまうという。

 脳裏をフラッシュバックする、七不思議の一節。
 サカキさんの呪いや、異次元の階段が存在したとするのなら、この状況は非常にマズイ。
 振り返らず、この場所から一刻も早く離れろと、本能が痛いほど警鐘をガンガン打ち鳴らした。

「そう。私に悪いところはないから、失礼するわ」

 そう言って、一歩を踏み出そうとして……私の身体が、ぐらりと斜めに傾いだ。
 床が、視界が、身体が、グチャグチャに歪んだようで、平衡感覚が完全に失われる。
 堪らず、膝をついて……そのまま意識が、霞のように拡散していった。
 意識が泥のように曖昧で――何も、考えられなくなる。

「おやおや、その様子じゃ大丈夫ではないようだね。しばらく、休んで逝くといい」

 そんな愉悦混じりの中性的な声音を、意識の片隅で聞いた気がした。
 ――……そうして私は意識を失い、夢の世界へ旅立った。
 夢を見ていると、理解していた。
 それは遠い、遠い、過去の記憶。
 七年前の……柚季と初めて出逢った時の思い出。
 夢と現実の境を漂うような、おぼつかない思考で、懐かしさと暖かさをじんわり噛み締める。

(何も遠慮はいらないよ。――居心地のいい、夢の世界へ旅立つといい)

 頭の中で、心地の良い声が甘い毒のように響く。
 とても最近聞いたような、中性的な声音だった。
 誰の声か思い出せないけれど。
 それは酷く抗い難い、誘惑に聞こえた。
 ……そうね。
 それも、いいわね。
 甘さもロマンスもラブストーリーも、小学生女子や高校生女子が憧れるようなものはおよそ何一つとしてないけれど。
 それでも私にとっては、愛しいとさえ思える、とても大切で掛け替えのない思い出なのだから。
 夢の中でころん、と寝返りをうち、布団を顔半分まで引き上げて、私は耽溺とした幸せな微睡みの世界へと旅立った。

 ……………………………………………………。
 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………下らない。

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